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千葉地方裁判所 昭和62年(ヲ)2042号 決定 1987年3月18日

債権者 日下部陽子

債務者 日下部弘

主文

本件申立を却下する。

申立費用は債権者の負担とする。

理由

一  申立の趣旨及びその理由別紙記載のとおり

二  当裁判所の判断

1  記録によれば、債権者は、千葉地方裁判所に対して、債務者を相手方として「被拘束者日下部修を釈放し、請求者(債権者)に引き渡す。本件手続費用は拘束者(債務者)の負担とする。」との判決を求める旨の人身保護請求の申立(同庁昭和61年(人)第2号)をして、昭和61年10月20日右申立を認容する判決の言渡しを受けたところ、右判決は、上告棄却により昭和62年1月20日に確定し、同判決につき同年2月3日債権者の申立により債務者に対する執行文が付与されるに至ったため、債権者は、これを債務名義として本件の申立に及んだことが明らかである。

2  よって、検討してみるに、右判決が、いわゆる形成判決であることは、同判決の主文自体によって明らかであって、同判決は、そもそも民事執行法の規定による強制執行に親しまないものであるばかりでなく、人身保護規則46条も「法による救済の請求に関しては、法及びこの規則に定めるものの外、その性質に反しない限り、民事訴訟の例による。」と規定するにとどまり、殊更に、民事執行法の規定の適用を排除していることが明らかである。従って、債権者が人身保護法26条所定の罰則の適用を求めることによって、債務者に対する間接強制を図ることはともかくとして、本件の如く、民事執行法の規定による直接ないし間接強制の方法によって、前記判決の内容の実現を図ろうとする申立は、既に、他の点の判断を用いるまでもなく、不適法として却下を免れない。

よって、本件申立を却下することとし、民事執行法20条、民訴法89条の各規定を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 原島克己)

申立の趣旨

債務者は、昭和62年2月15日までに、日下部修を釈放し、債権者に引き渡せ。債務者が、前項の期日までにこれを履行しないときは、債務者は、債権者に対し、前項の期日の翌日からその履行に至るまで、1日金5万円の割合による金員を支払え。との決定を求める。

申立の理由

1 上記当事者間の千葉地方裁判所昭和61年(人)第2号人身保護請求事件の執行力ある判決の正本に基づき、債務者は、当事者間の長男(被拘束者)日下部修を釈放し、債権者に引き渡すべき義務があるところ、これを履行しないので、民事執行法第172条により間接強制の決定を求めたく申立に及ぶ次第である。

2 なお、右判決は、次のような本件状況の下では、直接債務者に対し、被拘束者の釈放及び債権者への引き渡しを命じたものであると解すべきである。

3 昭和61年10月20日、右判決が言い渡された。しかし、言い渡し直後、債務者は被拘束者を招き寄せ、拘束者を引き渡したくないと述べて、その釈放、引き渡しを妨害し、また被拘束者も債務者のもとへ帰ると述べた。

4 そこで、判決の履行について、同日、債権者及び債務者、それぞれの代理人、被拘束者代理人、裁判所の人身保護規則25条2項の規定に基づく決定により被拘束者の監護を命ぜられた日下部高明らが話し合った。

そこでは、債権者は、基本的に判決に従うべきこと、被拘束者の現段階での発言は真意にもとづくものとは到底考えられないと述べ、判決の確定的履行を要求したが、債務者がこれに応じられないと答えたため、次のような妥協的措置を採った。

すなわち、債権者が同月25日まで被拘束者を引き取り、一緒に生活する。同日、再び債権者、債務者らが集まり、その時点における被拘束者の意思を重視して、いずれに引き渡すかを決定する。

5 そこで、被拘束者は青森の債権者方で4日間生活し、約束の期日に債権者とともに上京して来た。そして、被拘束者代理人が、債権者らを退去させた上で、被拘束者の真意を問うたところ、同人は、債権者方へ戻る、債務者方へは行きたくないと述べた。

このため前記約束どおり、債権者は被拘束者を連れ帰ろうとしたが、債務者及び債務者代理人、さらに前記日下部高明は、約束に反して、「被拘束者の発言は真意ではない。判決は未だ確定していない。上告して争う」と述べて、これを認めなかった。

債権者は平穏に被拘束者を連れ帰るため、債務者を説得すべく努力したが、債務者は態度を変化させなかった。また、被拘束者は一貫して、債権者のもとへ帰ると述べていた。

6 話し合いは、数時間に及び深夜まで続けられたが、双方の態度は変化しなかった。

債権者は、被拘束者を連れて帰りたい気持ちは少しも変わらなかったが、このまま被拘束者を間に挟んでの深夜に及ぶ議論は被拘束者にかわいそうであること、対立が深刻化すれば債務者が暴力的行為を振るいかねないことなどから、一時的妥協をせざるをえなかった。

そこで、上告審判決が出された時点で、その結論に従うことを条件として、それまで被拘束者を債務者方に引き渡すことに応ずることとした。債務者はこの条件を承諾し、また債務者代理人も、債務者が上告審判決に従うよう説得する旨を約束した。

その時点でも、被拘束者は、債権者のもとへ戻ると主張し、債務者方に行くことを告げられた際は泣き叫んで抵抗したが、債権者は、上告審判決が出たならば必ず被拘束者を引き取ることができると信じて、右妥協案に応じたものである。

7 しかるに、昭和62年1月20日、最高裁判所において上告を棄却する旨の判決が出されたが、同月23日の離婚調停期日において、債務者は右判決に応ずる気持ちは全くないと述べ、債務者代理人も右判決に応ずるよう債務者を説得するつもりはないと述べた。

前記日下部高明も、右と同様の態度であることが推察される。

これは、全くの約束違反であり、債務者らを信用して妥協した債権者に対する重大な裏切り行為である。

そしてこれは、千葉地方裁判所の一審判決、および最高裁判決に全く従おうとしない不法な態度に他ならない。

8 かかる態度を放任するならば、人身保護請求制度の趣旨、人身保護命令が出された意義を全く没却するものであるから、かかる債務者に対しては、一審判決正本を債務名義として、強制執行することが許されると解すべきである。

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